【あけがたにくる人よ】
〈詩人・永瀬清子〉
【あけがたにくる人よ】
「あけがたにくる人よ」
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
わたしはいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを
千万遍恋うている
その時私は家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった
その時あなたが
来てくれればよかったのに
その時あなたは
来てくれなかった
どんなに待っているか
道ベリの柳の木に
云えばよかったのか
吹く風の小さな渦に
頼めばよかったのか
あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向うで
汽車が汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった
もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ
〈老いるとはロマンチックなことなのか〉
私が何十年も詩を書いているのは
ほんとはあなたに出会うためだった
「あけがたにくる人」とは誰なのか?
その人は恋人であり、
「詩」であり、
終わることのない
永瀬清子の
「切なる願い」だったということが
見えてくるような、、、。