中村天風&池田晶子
怒らず、恐れず、悲しまず、〜悩むな考えよ。
文彰のブログ

【波待ちの詩】思考のうねりがアイデア(閃き)となって、だから沖で待つ

〈波待ちの詩〉

 

水面を見つめ

 

遥かを見つめ

 

感度を研ぎ澄ます

 

すべてがフロー

 

閃きのとき

 

グッド ウエーブ

 

ビッグウエーブ

 

 

閃きというものには、

 

波というものがあるものだ。

 

アイデアがうねりのように

 

寄ってきては、また引いていく。

 

満ち潮もあれば、引き潮もある。

 

大潮もあるし、小潮だってある。

 

思考のうねりが次から次に

 

合成されたアイデア(閃き)となって

 

生まれてくる時もあるし、

 

ときとしてそのアイデア(うねり)は、

 

波(閃き)として形成されないまま、

 

音を立てて崩れてしまったり、

 

静かに岸辺へと流れていってしまう。

 

 

だからこそ波待ちは、沖で待つ。

 

波打ち際にいたって、

 

いい波と出会うことは

 

出来はしない。

 

その沖で待つということは、

 

常に浸かっているということ。

 

日常生活であれば、

 

それは、自然との触れ合いだったり、

 

街中の喧騒だったり、

 

それらすべての、

 

風であったり、

 

色であったり、

 

匂いであったり、

 

何も大層な芸術作品でなくとも、

 

そこいら中に、芸術はある。

 

感度を研ぎ澄ませて、浸ればいい。

 

他人との会話に浸かるでもいい。

 

自分との対話に浸かるでもいい。

 

それらのいずれかに浸かっている時、

 

こころはフローになる。

 

自分の思考と、

 

他の何かとの出会い。

 

そこでこそ発想は促進される。

 

そしてその思考のうねりが、

 

アイデア(閃き)となって、

 

いい波にも、大きな波にもなり得る。

 

沖に出ないと、波には乗れない。

 

沖に出て、ボードに座って、

 

キラキラ輝く水面を感じたり、

 

遥か遠くのうねりを見つめたり、

 

五感を研ぎ澄まして、

 

色を感じ、風を感じ、匂いを感じ、

 

 

沖(他の何か)に出よう。

 

 

 

不肖わたしの場合は、

 

何となくなんだけれども、

 

ひとりで静かに思考を巡らせている時だったり、

 

車を運転しながらの移動中なんかに、

 

わりと何かを閃いたりすることが多い気がします。

 

この車の移動中っていうのは、

 

何かでチラッと見た気がしますけど、

 

確か、最近の脳科学によって解明されているとか、

 

脳が心地良く揺れる?

 

その作用が影響しているとか?。

 

まあ、これ以上は専門家でもないし、

 

或いは、その手の類の本を読んだわけでもないし、

 

あまり断定したことは書けませんけれども、

 

ただいずれにしても、

 

自分に合った波待ち(沖で浸かる)方法を、

 

探ってみるのは面白いかもしれません。

 

そしてそんなわたしの波待ち(沖で浸かる日常)、

 

そんな日々の中から、閃いた拙い言葉を、

 

少しずつ、この【メロウライフ】で、

 

綴っていこうと思っています。

 

はてさて、グッドウエーブに会えるか、

 

ビッグウエーブに出会えるか、

 

楽しみな自分がここにいます。笑顔。

ABOUT ME
文章fumiaki
・1958年生まれ たそがれヤモメ・趣味〜サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践。還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 海とトラッドを愛し笑顔で暮らす。
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