昨日は、久しぶりにガッツリと、
ビルクリーニング現場作業してきた。
内科クリニックの床クリーニング、
窓ガラス・網戸のクリーニング、
毎日のお掃除もしている現場だけども、
年に一度の本格的クリーニングだ。
まあ、かれこれ30数年やってるのだけど、
いつの時も緊張感はあるし、
だから、入る数日前くらいから、
ずっと、頭の片隅にあって、
天気も気になるし、前夜は少し、
寝付きが悪かったりもするし、
まあ、若かった頃なら、勢いもあったし、
元気満々だったし、体力もあったし、
日々のルーテインみたいに何気に、
やりこなしてきた事なのだけれども、
2年ほど前に還暦過ぎて法人を解散して、
ただ一人になって個人事務所として、
この同じ作業を迎えてみると、
随分と趣の違う作業に思えるから不思議です。
もちろん、一人で出来るような作業ではないので、
応援スタッフもしっかり確保して望んではいるけど、
緊張感自体は全然変わらないし、
ただ疲労感は、若い頃の数倍かな?苦笑。
ただ漠然と疲労感と言っても、
それは肉体的な疲労感が半端ないだけで、
精神的な疲労感はまったくない。
それは確保している応援スタッフとの、
相性とでもいうのか、その人間性が、
素晴らしいおかげで、ただ気持ち良く、
終日そのクリーニング作業を楽しく、
そして具合良く滞りなくこなすことが出来た。
のではあるのだけれども、途中途中での、
わたし自身の体力的な衰えは、
如何ともしがたく、ずっとマイペースに、
ゆっくりと作業を楽しみながら、
そして全体の流れを楽しみながら、
身体のあちこちの悲鳴を聞きながら、
若かった頃の同じ場面での自分を、
穏やかな気分で思い出しながらの、
楽しい1日ではあったのだけれども、
その夜の疲労感は半端なかった。苦笑。
しかし、そんな疲労感も、あくまで、
充足感に満たされたものであったから、
実に心地良い疲労感であって、、。
網戸クリーニング中の、
水養生をして、専用洗剤でブラッシング、
そして水で濯ぎをする時に流れる汚水、
その汚水を眺めながら、
流す自分の心もキレイになってるようで、
やればやるほどココロが洗われていくようで、
クリーニング作業を終えた後の、
やっぱり「キレイが好き」なんだなあ、、。
という確かな実感。そしてすべての作業終わりを、
全員で確認していきながら、
すっかりキレイになった現場を見てまた、
やっぱり「キレイにする」っていいなあ、、。
なんて感慨に浸って、最後に、
院長の確認を頂いて、院長からの、
「ありがとうございました!」
「またお願いします!」。
この瞬間に、すべてが報われるのであったが、
老体はそのとき、もうすでに悲鳴を、
上げつつあったのでありました。苦笑。
やっぱり「キレイが好き!」なんだなあ。
じゃなければ、40年近くもやらないよな。笑。