ブルーに恋して
晴れ晴れと生きる
文彰のブログ

【美しい記憶が、今も美しいままにある幸せ】ノスタルジアは幸せの証拠

日課のウオーキングをしていると、

結構な頻度で、横を颯爽と走る人と

すれ違うことになる。

そしてその度ごとに、むかしの自分を

思い出すことになる。

その記憶は、ずっとずっと大昔の、

幼かったころの、近所の子どもたちと

路地裏をかくれんぼで走っている姿や、

もう少し大きくなって、小学校での

マラソン大会での姿であったり、

どうかすると、その時の息遣いまでをも

思い出したりするときさえある。

そして大概は、最後に走ったのはいつだ?

みたいなところで、そのすれ違いざまの

走った記憶の回想は終わる。苦笑。

ちなみに、わたしの最後に走った記憶は、

もちろん、横断歩道を信号音を気にして

小走りになったりすることなどは除くとして、

それは、息子が小学校6年生の時の運動会の

リレー選手に選ばれて、その為の個人練習

みたいな感じのもので息子と競走したのが、

おそらく最後の本気走りだったような、、。

そしてその時、ゴール前の一瞬、膝が微かに

ガクッと折れかけて、勝利は息子だったので、

その成長がうれしい気持ちと、自分の衰えが

さみしい気持ちとがないまぜになった記憶を、

いまも鮮明にそのときの情景とともに、

美しい記憶として心に残っているけど、

ただその一瞬、同時に、何か身体の違和感を

覚えたのだけれども、それから数年後、

軽度ではあるのだけれど、脳梗塞と診断される日が

やがて来たわけだけれども、最初の違和感はその時で、

それから後に、数々の小さな違和感を経験して、

のちに診断の日を迎えたわけだけれども、

何故かその数多の小さな違和感は、総じて決して

嫌な記憶ではないし、どちらかと言えば、

美しい記憶に分類されるようなものばかりで、

そう考えると、幸せな人生を歩めていたんだな。と、

いつもそのすれ違いざまの回想の結論は、

ハッピーな気分で終えられるので、幸せなのかな?

そうは言っても、聞くところによると、

喜ばしい思い出は記憶の一割以下、らしいので、

本来は、あれやこれやと思い出しすぎないのが

過去とのいい付き合い方なのかもしれないけれど、

そう言えば、

誰もが過去に苦しめられていると心に刻め

「明日を耐え抜くために必要なものだけ残して、

あらゆる過去を締め出せ。」という

医学者ウイリアム・オスラーの言葉もあります。

あまり過去は振り返らない方が、

黄昏時のわれわれには、限りある時間の過ごし方として、

ひときわ「今」が大切なことと認識していようとは思います。

もう一つ、黄昏時の自分にピッタリの言葉で、

パナソニック創業者の松下幸之助さんで、

今つらいのは過去がラクだったからである。

過去がつらいと今がラクである。」

と言う言葉、確かにそのように考えれば、

悲惨な過去に対する苦痛が、

少し和らぐような気がします。

いずれにしても、

記憶が、”美しい記憶”としてある間は、

それを、かつて自分が幸せだった証拠

であると思って、ノスタルジアに

浸れるあいだは浸りたいだけ浸りたい。笑。

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ //・ブルー愛好家//・趣味〜サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
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