
【書ける人だけが手にするもの】齋藤孝(著)
書く力は自分を知る力
話すように書けば、原稿用紙10枚書ける。
「自分の言葉」で伝える
新しい文章教室。
「ひとつの言葉」について文章を書く
身近なものの中に、
「?」を見つけるためには、
その問いがどんなに小さなものでも、
どんなに素朴なものでも、
見過ごさない目をもつ
ということが肝心です。
たとえば、「カタルシス」
という言葉があります。
日本語として「浄化」という訳語が
思い浮かぶ人もいるでしょう。
でも、この「カタルシス」が、
そもそもどんな言葉なのか、
きちんと説明できる人というのは、
実はあまり多くない
のではないでしょうか。
その起源について調べてみると、
古代ギリシャの哲学者、
アリストテレスが著書『詩学』の中で、
「カタルシス」という言葉を
用いていたことにいきつきます。
悲劇論を論じる中で、
「悲劇が観客の心に
怖れと憐れみを呼び起こし、
感情を浄化する効果」であると
書いています。
カタルシスというのは、
「感情の浄化」のこと。
心の中にドロドロと
溜まっていた感情が解放され、
気持ちがすっきりする
ということなのです。
こうしたアリストテレスの
記述までさかのぼってみると、
より深い理解が可能になるのです。
なぜ世の中に悲しい物語が存在するのか、
なぜ人はわざわざ悲しい物語に
触れたがるのかといった
人間の心の機微に迫ることや、
そもそもアリストテレスの時代から
そうした人間の心は
変わっていないのだという
真理に触れることも
できるでしょう。
こうした言葉の起源や
自分なりの考察を
文章にしてみれば、
2000字ほどの
分量にはなるはずです。
「カタルシスってよく言うけれど、
そもそもどういう意味なのだろう?」
という?に対して、
「アリストテレスは
こう言っていた!」
「だから人は悲しい物語で
涙を流すことに
一種の快感を覚えるんだ!」
という「!」を見つける。
これだけで、
立派な文章が
「ひとつの言葉」について文章を書く
身近なものの中に、
「?」を見つけるためには、
その問いがどんなに小さなものでも、
どんなに素朴なものでも、
見過ごさない目をもつ
ということが肝心です。
たとえば、「カタルシス」
という言葉があります。
日本語として「浄化」という訳語が
思い浮かぶ人もいるでしょう。
でも、この「カタルシス」が、
そもそもどんな言葉なのか、
きちんと説明できる人というのは、
実はあまり多くない
のではないでしょうか。
その起源について調べてみると、
古代ギリシャの哲学者、
アリストテレスが著書『詩学』の中で、
「カタルシス」という言葉を
用いていたことにいきつきます。
悲劇論を論じる中で、
「悲劇が観客の心に
怖れと憐れみを呼び起こし、
感情を浄化する効果」であると
書いています。
カタルシスというのは、
「感情の浄化」のこと。
心の中にドロドロと
溜まっていた感情が解放され、
気持ちがすっきりする
ということなのです。
こうしたアリストテレスの
記述までさかのぼってみると、
より深い理解が可能になるのです。
なぜ世の中に悲しい物語が存在するのか、
なぜ人はわざわざ悲しい物語に
触れたがるのかといった
人間の心の機微に迫ることや、
そもそもアリストテレスの時代から
そうした人間の心は
変わっていないのだという
真理に触れることも
できるでしょう。
こうした言葉の起源や
自分なりの考察を
文章にしてみれば、
2000字ほどの
分量にはなるはずです。
「カタルシスってよく言うけれど、
そもそもどういう意味なのだろう?」
という?に対して、
「アリストテレスは
こう言っていた!」
「だから人は悲しい物語で
涙を流すことに
一種の快感を覚えるんだ!」
という「!」を見つける。
これだけで、
立派な文章が
成立するのです。