私は神崎郁哉63歳
年甲斐も無く、
今日BARを開店した。
言ってみれば、
俗に言うセカンドライフ
みたいなものである。
市街地から車で30分程の、
郊外にある新興住宅地に、
移り住んでかれこれ20年、
七年ほど前に最愛の妻を病で亡くし、
一人息子も勇躍社会に旅立って、
この人生の黄昏時を独り迎えて、
独り静かに暮らす縁を、
この黄昏純情BARに、
託してみるのも一興かなと、、。
還暦超えて密やかに、
家庭菜園という柄でも無いし、
かと言ってゴルフの素振り、
なんて言う柄でも無いし、
いつの日か目覚めに閃いて、
裏庭にひっそりと造ったBAR、
それが今日、晴れて開店の日。
そうかと言って誰に言うでも無く、
俗にある賑々しい風情とは無縁の、
静かなセカンドライフの船出です。
しめやかに蝋燭に火を入れて、
仄かな灯りの揺れを楽しみつつ、
お気に入りのバラードを、
BAR内に静かに響かせる。
蝶ネクタイも前掛けも無い。
そんな気取った演出はないけれど、
一面の酒の種類と雰囲気だけはBAR。
言ってみれば商売では無くて、
客が来ようが来まいが、
ただ自分が心漂わせる時間の、
同伴者みたいな縁があればそれで、
心満たされる時間としては充分、、。
そんな気のおけないBAR、
それが黄昏純情BAR。
BAR内に微かに流れるバラードが、
3曲目くらいになった時、
静かに入り口ドアが開けられた。
「こんばんは〜!」
「いらっしゃいませ!」
「もう大丈夫ですか?」
「はい!どうぞどうぞ!」
真野さん、渡部さん、藤崎さん、
息子の部活仲間のお母さん達。
1200戸ほどある新興住宅地の中でも、
歩いて五分くらいのご近所さんで、
息子が小さい頃からとても
親しくして頂いている皆さん。
「どうぞお掛けください。」
ローカウンターの前の、
四席しかないシングルソファーに、
それぞれ座っていただいた。
「めっちゃ本格的!」
「何か渋い!」
「落ち着く〜!」
それぞれ口々にしながら、
BAR内を見渡している、、。