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【老後の健康】「徘徊も本人だけは散歩のつもり」

徘徊も本人だけは散歩のつもり

 

今朝起きて、いつものように、

 

日課である散歩をしていて、

 

何気に朝焼けを眺めながら、

今朝の朝焼け

 

 

ふと脳裏によぎった言葉がこれ、

 

”徘徊も本人だけは散歩のつもり”

 

まあ今のところは、まごうことなく、

 

これが朝の散歩であるということは、

 

自他ともに認められているようでは、

 

あるのだけれどもこれ如何に?苦笑。

 

認知機能の低下、これって自覚ないんだよね。

 

今は亡き父の場合は60代の時に、

 

仕事の途中でいきなり吐血して、

 

そのまま病院に緊急入院をして、

 

ありとあらゆる検査を経ていく中で、

 

みるみるうちに体力が落ちて行って、

 

父もその時、

 

「検査が堪えた。」とポツリ。

 

それからはずっと療養生活が続いて、

 

身体的にはキツい生活ではあったけれど、

 

認知機能的には生涯ずっと変わらず、

 

父は父のままで生き切ってくれて、

 

今際の際にはしっかりと、

 

宝物となる言葉も遺してくれて、

 

わたしの中での尊敬する父はそのまま、

 

変わらず心の中に生きているけれど、

 

 

亡き母の場合は、父が先に逝って、

 

ひとり寂しい晩年を過ごす中で、

 

いつしか認知機能に障害を及ぼして、

 

晩年はその専門施設で過ごすことに、

 

まあその施設入院の経緯は、

 

別の記事でも書いていますので、

 

そちらを読んでいただければ、、。

 

 

母の晩年は、

 

わたしが施設に面会に行っても、

 

わたしが息子であることを認識出来ずに、

 

わたしの中での愛すべき母が母ではなく、

 

人間の生涯の無情さのようなものを、

 

深く心に刻み込まれて、ただ悲しい、

 

まさに面会の時間は、

 

無情さと非情さの相克のような時間で、

ただただ人の生涯の哀れを感じさせられ、

 

胸が締め付けられるような、そんな

 

涙なくしては居た堪れない時間が、

 

母との施設での面会時間でした。

 

そうやって、父を亡くし、母を亡くし、

 

 

 

今つくづく想うことは、

 

一人息子に迷惑をかけずに生涯を全うしたい。

 

息子にとってどういう父親であったのかは、

 

いまのわたしにはわかりませんが、

 

良くも悪くも、”らしい父親”のままで、

 

生涯を全うしたいと強く願うわたしがいます。

 

一概に認知症(認知機能障害)と言っても、

 

厚生労働省の見解によると、

 

 

認知症は、

 

脳の病気や障害など様々な原因により、

 

認知機能が低下し、

 

日常生活全般に支障が

 

出てくる状態をいいます。

 

アルツハイマー型認知症は、

 

認知症の中でも最も多く、

 

脳神経が変性して脳の一部が

 

萎縮していく過程で起きる認知症です。

 

次いで多い血管性認知症は、

 

脳梗塞や脳出血などの血管障害によって

 

起きる認知症です。

 

いずれにしても、いろいろな原因で、

 

脳の細胞が死んでしまったり、

 

働きが悪くなったために

 

さまざまな障害が起こり、

 

生活する上で支障が出ている状態。

 

 

 

 

今朝何気に見上げた朝焼けだったけど、

 

そのときに閃いた一行の言葉に、

 

大いなる気付きを得られた気がします。

 

身体的には生活習慣病に気を付けて、

 

心理的には、ストレスをなくして行く。

 

そんな生活を心掛けていきたいと思う

 

今日この頃の葉っぱふみふみ一行詩。

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ //・ブルー愛好家//・趣味〜サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
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