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⭐️楽学文章術

【書くを学ぶ】「中高年向け」人生が変わるシンプルな文章術”自分が読みたいことを書けばいい!”

今回の”渚の風文庫”は
【読みたいことを、書けばいい。】田中泰延(著)
{幼稚園の先生にも、大柄なジゴロにも、
大飯食らいの居候にも、交響楽団指揮者にも、
なれそうな男が、本を書いてしまった。}

【読みたいことを、書けばいい。】田中泰延(著)

コピーライター田中泰延〔著)
人生が変わるシンプルな文章術
”読みたいことを書けばいい”を読んで、
これはホントに人生が変わるかもしれないと、
ワクワクしている自分がここにいる。
まだ、ワクワクしているだけで、
実際に人生が変わったというわけではない!
そこは、誤解のないようにお願いしたい。
それでは、自分がいつでも目にすることが
できるようにも兼ねて、
その内容を、シンプル且つ、丁寧に、
まとめてみたいと思います。

「はじめに」

自分のために書くということ

「自分が読みたいことを
書けば、自分が楽しい」という原理

本書は、世間によくある
「文章テクニック本」ではない。
わたしは、まがりなりにも
文章を書いて、お金をもらい、
生活している。だが、
そこに「テクニック」は必要ないのだ。

本書では、「自分が読みたいものを書く」
ことで「自分が楽しくなる」
ということを伝えたい。
それが、「読者としての文章術」だ。

書くことで実際に「現実が変わる」のだ。

「序章」
書いたのに読んでもらえないあなたへ
「なんのために書いたか」

この本の表紙には、
「文章術」と明記してある。しかし、
書くためのテクニックを
教えようというものではない。
そうではなく、
書くための考え方を示す本である。

「ライターになりたい」
「自分の思いを届けたい」
「バズる記事を書く方法を知りたい」
「上手な文章の作法を身につけたい」
「書くことで生計を立てたい」

ほとんどの人は出発点からおかしいのだ。
偉いと思われたい。
おかねが欲しい。
成功したい。
目的意識があることは結構だが、
その考え方で書くと、結局、
人に読んでもらえない
文章ができあがってしまう。

この本は、そのような無益な文章術や、
空虚な目標に向かう生き方よりも、
書くことの本来の楽しさと、
ちょっとのめんどくささを、
あなたに知ってもらいたい
という気持ちで書かれた。
そして同時に、なによりわたし自身に
向けて書かれるものである。

「すべての文章は、自分のために
書かれるものだからだ。」

「第1章」
ブログやSNSで書いているあなたへ

「なにを書くのか」

「文書と文章は違うことを知っておく」

ネット上にあふれているのは「文章」だ。
書きたい人がいて、
読みたい人がいる。(かもしれない)、
それが「文章」なのである。

では、ブログ、コラム、書評、
FACEBOOK,TWIttERへの投稿などなど
ネットを開けば目に入る「文章」の
正体はなんであろうか。

ネットで読まれている文章の9割は「随筆」。

では、「随筆」とはなにか。

辞書で、「随筆」の項を引けば、
【思うがまま筆に任せた文章】
などという説明が載っている。

わたしが随筆を定義するとこうなる。

「事象と心象が
交わるところに生まれる文章」

事象とはすなわち、
見聞きしたことや、知ったことだ。
世の中のあらゆるモノ、コト、ヒトは
「事象」である。
それに触れて心が動き、
書きたくなる気持ちが生まれる。
それが、「心象」である。

そのふたつがそろってはじめて
「随筆」が書かれる。

人間は、事象を見聞きして、
それに対して思ったこと
考えたことを書きたいし、
また読みたいのである。

(書く文章の「分野」を知っておく。)

事象寄りのものを書くのならば、
それは「ジャーナリスト」「研究者」であり、
心象寄りのものを書くのであれば、
それは「小説家」「詩人」である。
それらはどちらもある種の専門職という
べきものである。そのどちらでもない
「随筆」という分野で文章を綴り、
読者の支持を得ることで生きていくのが、
いま一般に言われる「ライター」
なのである。

「事象と心象が交わるところに
生まれるのが随筆」という
定義をしっかり持てば、
自分がいま、
何を書いているかを
忘れることはない。

(ことばを疑うことから始める)

その単語に自分がはっきりと
感じる重みや実体があるか。
わけもわからないまま
誰かが使った単語を
流用していないか。

自分自身がその言葉の実体を
理解することが重要で、
そうでなければ他人に意味を
伝達することは不可能なのだ。

「第2章」
「読者を想定」しているあなたへ

「だれに書くのか」
(ターゲットなど
想定しなくていい。)

読み手など想定して書かなくていい。
その文章を最初に読むのは、
間違いなく自分だ。
自分で読んで面白くなければ、
書くこと自体が無駄になる。

(だれかが
もう書いているなら
読み手でいよう。)

「わたしが言いたいことを
書いている人がいない。
じゃあ、
自分が書くしかない」

読み手として
読みたいものを書くというのは、
ここが出発点なのだ。

「どこかで読んだ内容を
苦労して文章にしても
だれも読まないし、
自分も楽しくない。」

深夜、自分で書いたものに
自分で少し笑う。それが
「書く人」の生活である。

「第3章」

「つまらない人間」のあなたへ

(どう書くのか)

「事象とは、つねに人間の
外部にあるものであり、
心象を語るためには
事象の強度が不可欠なのだ。」

(つまらない人間とは
自分の内面を語る人)

「少しでもおもしろく感じる人
というのは、その人の外部に
あることを語っているのである」

「物書きは調べるが9割9分」

(ライターの仕事はまず
「調べる」ことから始める。)

「調べたことを並べれば、
読む人が主役になれる」

(ライターの考えなど
全体の1%以下でよいし、
その1%以下を伝えるために、
あとの99%以上が要る。)

「調べるとは一次資料に当たる」こと。

(言葉とは、文字通り「葉」である。
好きなことを好きに書いた葉を
繁らせるためには、「根」が
生えていなければならない。
それが一次資料である。)

「一次資料には愛するチャンスが
隠されている。」

(わたしが愛した部分を全力で伝える。)
という気持ちで書く必要があるのだ。

「資料を当たっていくうちに
「ここは愛せる」というポイントが見つかる。」

(感動が中心になければ書く意味がない)

「思考の過程を披露する」

(結論の重さは過程に支えられる)

「事象に出会う。
感動したり、
疑問に思うなどの心象を抱く。
そこから仮説を立てる。
調べに行く。
証拠を並べる。
考える。
その時点での結論を出す。」

(思考の過程に相手が共感
してくれるかどうか)が、
長い文章を書く意味である。

書く形式は「起承転結」でいい。

「事象に触れて論理展開し
心象を述べる」という随筆に、
起承転結ほど効率よく
使えるコード進行はない

書くことは、たった一人のベンチャー起業

「金持ちになりたいのではない。
自分の正しさを証明したいのだ」

(自分がまずおもしろがれるものであること。
これは、ビジネスアイデアでも文章を書く
ことでも全く同じだ。
それが世の中に公開された時点で、
あくまで結果として、
社会の役に立つか、
いままでになかったものかが
ジャッジされる。
自分の正しさが証明されるかどうかだ。)

文章を書いて人に見せるたびに、
「それは誰かの役に立つか?
いままでになかったものか?」
と考え抜けば、
(価値のある意見には、必ず値段がつく。)

※書くことはたった一人のベンチャー起業だ。

書くことは生き方の問題である。

自分が読みたくて、
自分のために調べる。
それを書き記すことが
人生をおもしろくしてくれるし、
自分の思い込みから
開放してくれる。

何も知らずに生まれてきた中で、
わかる。学ぶということ以上の
幸せなんてないと、私は思う。

「自分のために、書けばいい。
読みたいことを、書けばいい。」

書くことは、生き方の問題である。

「事象に触れて生まれる心象」
それを書くことは、
まず自分と、
もしかして、
誰かの心を救う。
人間は書くことで、
わたしとあなたの間にある
風景を発見するのである。

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ ・孤低の黄昏ブロガー・趣味サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
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