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真・善・美

【真・善・美】「善」とは愛情のことである。太陽の光線のように、普遍的な気持ちで愛さねば。

「善」とは愛情のことである。

〈不思議な力(ヴリル)〉

 

造物主(宇宙霊)の無限の力を正しく自覚し、

 

同時にその無限の力を、

 

心の働きと力で、

 

人の命の中へ受け入れ、

 

万物の霊長たる資格を

 

完全に発揮し、同時に、

 

造物主(宇宙霊)の心持ちである

 

進化向上に順応し、

 

人という人の間を睦まじく、

 

造り上げていくために、

 

こうした偉大な心が与えられているのである。

 

ところが地球上に生きている人間の多くは、

 

心の偉大なことを忘れて、しょっちゅう、

 

自分の体のことばかりを考えて、

 

神経を過敏にし、そのうえに、

 

人間同士の間柄を睦まじく

 

やっていこうなんて

 

心はありはしない。

 

一方においては、愛を説く人間達が、

 

人を殺し合ってるじゃないか!

 

心の本当の値打ちを知らないからだ。

 

厳かに考えてみよう。

 

哲学的にいうなら、

 

あなた方の自我の中には、

 

造物主(宇宙霊)の無限の属性が、宿っている。

 

それは、自分および人の世のために、

 

その尊いものを善用して、

 

この世に生まれた人間達の幸福を増進し、

 

進化と向上とを現実化させようとする、

 

造物主(宇宙霊)の意図に

 

他ならないのである。

 

よく考えてみよう。

 

自分を貧弱な哀れな人間と思う考え方ほど、

 

およそ値打ちがなく意味のない人生は

 

ないのだということを。

 

運河の水を考えてみよう。

 

運河だけ考えてみると、水量は極めて僅かしか

 

ないようにしか見えない。しかし、

 

あれが大海と繋がって存在している

 

現在の状態を考えてみるなら、

 

運河は無限の水量と繋がっているのだ。

 

運河の水も大海の水も、

 

同じ本質なのです。

 

人間を、

 

ただそれだけの存在で考えれば、

 

極めて小さい。

 

ときには哀れで貧弱なものに

 

考えられるかもしれない。

 

しかし、その心を通じて、

 

自分の命と造物主(宇宙霊)とが

 

常に結びついている、という

 

侵すべからざる事実に気付いたならば、

 

どんな思慮の浅い人でも、

 

「ああそうだ!自我の中に、

 

造物主の無限の属性が存在しているのだ」

 

ということを悟れるはずである。

 

運河の水も大海の水も同じだ。

 

人間の命の中に存在する

 

「この不思議な力(ヴリル)」

 

というものは、

 

造物主(宇宙霊)が持っている力と

 

同じ力である。

 

さあここで、人間として考えなければならない

 

一番必要なことは、

 

どんな場合があろうと、

 

この造物主と自分の生命との結び目を

 

堅固に確保することである。

 

この結び目を堅固に保たないと、

 

病が出たり、

 

不運が来たりするのである。

 

 

 

〈真・善・美〉

 

蒔いた種子のとおりに花が咲くのである。

 

消極的な心になると、

 

造物主の心と自分の心とが

 

離れ離れになってしまうのである。

 

造物主の心の中には、

 

消極的な弱いものは、

 

一つもないのである。

 

造物主の心は絶対に積極である。

 

人の心の中に不思議な働きのあるのは、

 

宇宙霊の心を分配されているからである。

 

されば、造物主(宇宙霊)の心とは、

 

「真」「善」「美」である。

 

「真」とは「誠」である。

 

「誠」とは一点の嘘偽りもないことが

 

「誠」である。

 

筋道が少しも乱れてないのが「誠」である。

 

「善」とは、「愛情」のことである。

 

「美」とは調和のことである。

 

ところで、あなた方にも愛情はあるのだけれども、

 

あなた方の愛情は偏った愛情である。

 

すなわち自分の気に入ったものだけ可愛がって、

 

気に入らないものは可愛がりやしない。

 

そういうのは本当の愛情ではない。

 

太陽の光線のように、

 

あれこれと選ばないで普遍的な気持ちで

 

愛さねば駄目である。

 

太陽の光線は、

美人の顔も照らせば、

 

犬の糞も照らしている。

 

「おれは犬の糞はいやだから

 

美人の顔だけ照らす」とはいわない。

 

ところが、

 

あなた方は可愛いものだけを可愛がり、

 

憎らしいものを憎む。

 

第一、

 

憎むという気持ちは、

 

悪魔の気持ちである。

 

もし自分が人から憎まれたら、

 

どんな気持ちになるかということを

 

考えてごらんなさい。

 

あなた方は人に憎まれるのが好きですか。

 

それとも愛されるのが好きですか。

 

村八分にされるのを

 

好きな人間はいないだろう。

 

だから、造物主(宇宙霊)と

 

同様の心になるには、

 

どんなことがあっても、

 

心に誠と愛を満たし、

 

和を旨とした生活をすれば、

 

造物主(宇宙霊)と自分との結び目が堅固に出来る。

 

消極的な心になると、

 

自分では離れようと思わなくても、

 

その造物主(宇宙霊)の大事な

 

誠と愛と調和の気持ちから、

 

離れてしまうのである。

 

 

〈運命を拓く〉中村天風(著)引用

 

 

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ ・孤低の黄昏ブロガー・趣味サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
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