Smile
笑顔だよ
桜色の物語

私がずっとやり続けてきたことは「勇気を出す努力」です!パラリンピアン中西麻耶さん

理不尽で不毛な戦闘の続く中、

北京の地において、

ウクライナのパラリンピアン達の、

勇気に満ちた聖戦は続いています。

中西麻耶1985年生34才
パラ陸上走り幅跳び選手

 

中西麻耶さんは、

テニスで国体を目指していた2006年、

21才の時に、

仕事中の事故によって右脚下腿切断という大怪我を負う。

高校時代はソフトテニスで、

インターハイ、国体出場等、

その才能を遺憾なく発揮し、

スポーツに明け暮れていた彼女にとって、

>人生最大の挫折が、突然、彼女の身に襲い掛かりました。

それは彼女にとって、想像を絶する苦難の日々となりました。

医師の宣告は、

「分断した骨や神経や筋肉をひとつづつ繋いでいく治療は

最低でも2~3年の入院が必要であり、

もし順調に回復したとしても

100%の体重を支えられるところまでの回復は無理だろう。」

というものでした。彼女は尋ねました。

「義足になってもスポーツは続けられますか?」

それに対する医師の答えは、

「可能性はある。しかし相当の努力が必要になるでしょう。」

そんな失意の中で彼女は、

事故の起きたその日のうちに決断しました。

自分の足を切断することを。決断の理由は、

「自分の努力でなんとかなるなら、そちら(切断)の道を選ぼう。」

そして、ある「義足」との出会いによって、

大きな希望を掴むこととなります。

その「義足」とは、「血の通った義足を作る」を信念とする、

情念あふれる技巧を駆使する義肢装具士の臼井二美男の作った「義足」です。

その義足によって新たな生を獲得した彼女は言います。

「義足を履いて、数ヶ月ぶりに風を感じて走ることができた時の感動は、

言葉では言い表せないほどの感動でした。」

その後の彼女のパラ競技での困難と挫折の中での著しい活躍は、

常人でははかり知れない努力の賜物です。

彼女は言います。「私がずっとやり続けてきたことは、

「勇気を出す努力」です。

これには才能も何も要らないんです。

今日からすぐ出来るんです。彼女の生き様に感動し、

勇気をもらいました!

中西麻耶さん!

東京パラリンピックの表彰台に立つ姿を

期待してやみませんでしたが、、、。

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ ・孤低の黄昏ブロガー・趣味サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
〔スポンサーリンク〕

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。