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笑顔だよ
文彰のブログ

【国花】桜の開花を待ち侘びながら【国家】について考えてみた。

 

極北の彼の地では、

 

いまだに出口の見えない争いが続いている。

 

どうしてこんなことになっちゃったかなあ?

 

なんてことを、わたし如きが考えてみたとて、

 

どうなるものではないことくらいわかっているけど、

 

だからと言って、今のこの惨状を目の当たりにすると、

 

どうしても脳裏の片隅にいつも早く解決しないものかと、

 

祈るような願うような気持ちが消えることはないわけで、

 

もちろん、軍事についても、国家論についても、

 

その道の専門家というわけではないわけだからして、

 

何かを語れる立場でもないし、たとえ語ったとして、

 

それが何かに影響を及ぼすわけではないのだけれど、

 

自分と同じような立場の一般市民たちが、

 

かくも困難な状況に追い込まれている現場を見るにつけ、

 

こころの中が悲しさや虚しさに覆い尽くされて、

 

遠く離れた異国の地で桜(国花)の開花を待つ身が、

 

黒く焦がされていくような気持ちになるのも事実です。

 

我が敬愛する哲学の巫女・池田晶子女子の

 

国家についての哲学的概念を引用すると、

 

 

国家とは何か

 

「国家」という観念は、

 

「個人」や「社会」と並び、

 

近代以降の人間が、

 

強力に思い込んでいる

 

思い込みのひとつである。

 

しかし、

 

しょせん作り事を本当と

 

思い込むと人はどうなるか。

 

作り事のために命を捨てる

 

ということをするようになる。

 

国家間の戦争というのは

 

要するにそれで、

 

作り事を本当と思い込んだ

 

人間によって為される

 

最大の愚行である。

 

神なんて作り事を信じ込むなんて、

 

宗教とは困ったものだと

 

現代人は笑う。

 

しかし、

 

国家なんて作り事を

 

信じ込んでるあなた、

 

それを笑うことができますか。

 

『私とは何か』引用

 

 

 

確かに「国家」なんてものは、

 

人間が便宜上考えた作り事なのであって、

 

それ以上でもそれ以下でもないということは、

 

重々承知之介ではあるのだけれども、

 

ことここに及んで縷縷考えてみるにつけ、

 

池田某言うところの”人間の最大の愚行”、

 

この言葉が一番しっくりくる気がするけど、

 

それもわたしには、人間の”老醜の為せる業”、

 

に見えて仕方がないのだけれど、、、。

 

ひとつの国家が、一人の老醜の独裁者によって、

 

憐れな末路に進んでいるようにしか、

 

どうしても見えないのだけれども、

 

そしてそれは、ある意味では、

 

老醜の独裁者が、健全で賢明な老若男女、

 

それらすべての一般市民達を道連れにした、

 

自分よがりの暴挙にしか私には見えないのです。

 

そしてその老醜の独裁者のまわりには、

 

これまた、人間の考えうる愚かな実相に犯された、

 

愚か者達の衆愚にしか見えないのです、、。

 

さくらの花言葉は”精神美”、

 

極北の彼の地に桜が咲くことはないのでしょう。

 

老いて干涸びた老醜の輩の愚行が止んで、

 

一日も早くすべての地球人のこころに、

 

”優美”で”純潔”な清らかな精神が蘇る事を、

 

桜の開花を待ち侘びながら心の底から祈っています。

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ ・孤低の黄昏ブロガー・趣味サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
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