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【楽学文章術】書く力は自分を知る力「書ける人だけが手にするもの」序章①

【書ける人だけが手にするもの】齋藤孝(著)

【書ける人だけが手にするもの】齋藤孝(著)

書く力は自分を知る力

話すように書けば、原稿用紙10枚書ける。

「自分の言葉」で伝える

      新しい文章教室。

「はじめに」

・書きたいけれど、何を書いたらいいかわからない。

・書き始めても、うまく文章がまとまらない。

・一生懸命書いても、誰にも読んでもらえない。

では、そもそもなぜ、「書く」のが

難しいのでしょう。

それは、「人のため」に、

書いているからです。

「面白い文章」、

「伝わる文章」を書きたい。

それは「誰かのため」に、

書いている状態です。

辛くなって当然ですね。

本来、書くことは、

他でもない「自分のため」

にすることです。

ほんの一行でもよいから、

何か頭に浮かんだことを

書いてみる。

すると、

次第に自分の感情や

思考の輪郭がはっきりしてきます。

そうなると、

また一行書きたくなる。

また少し輪郭がはっきりする。

また一行書いてみる。

また少し輪郭がはっきりする。

このように繰り返していけば、

いつの間にかまとまった量の

文章を書けている。

どんな人でも、長い文章が

書けるようになれるのです。

考えてから書くのではなく、

書きながら考えればいいのです。

私たちは自分が今、

何を考えているか、

どのような気持ちでいるか

に対してはほぼ無自覚です。

それを、書き言葉として

目に見える形にすることで、

「自分は、どんな考えを持っているか?」

「今、自分はどんな気持ちか?」

つまり、

「私とはどんな人間なのか?」

ということを客観視する

ことができるのです。

そういう意味で文章とは、

曖昧模糊とした自分の内面を、

くっきりと照らし出す

ランタンのようなものといえます。

自分がどんな人間かを

深く理解することで、

自分らしく生きることができます。

「書ける人」は、

自分らしく充実した人生を、

手にすることができるのです。

【序章①】

話すように書けば

原稿用紙10枚書ける

(まとまった量の文章を書くのは、

なぜ、難しいのか)

「書くネタ」は、

思い浮かばなくていい。

「思考」と「表現」はひとつなぎ。

たしかに、文章を書くのは、

誰にとってもそれ相応の

労力を要するものです。

ある程度まとまった文字数を書こうとすれば、

それなりに時間もかかりますし、

エネルギーも使います。

必ずしもスラスラと進むこと

ばかりでもないでしょう。

それでも、文章を書くことには、

その行為自体に価値があります。

かけた労力を大きく上回るような

リターンがあるのが、

文章を書くということなのです。

「書くことで自分の考えがはっきりする」

というのが、文章を書くことの最大の

リターンではないかと思うのです。

「あれ?」

「頭で考えたことがまずあって、

それを文章にまとめるのでは?」と、

でも、本書でお伝えするのは、

「考えながら書く」「書きながら考える」

というやり方です。

そもそも、「考えること」と「書くこと」とは、

その二つの間に線を引いて、

きっちりと分けられるような

ものではありません。

書くこともまた思考の一部といえるからです。

たとえば、ある映画を観て、

心を動かされたとしましょう。

でも、この状況をただ「感動した」と表現するのでは

文章になりません。

その映画への感動を文章にしようとすれば、

まずはその感動の正体が何なのか?

自分に問いかけながら探っていく

必要があるでしょう。

・その映画の何が琴線に触れたのか?

・どの場面のどのセリフに

深い感慨を覚えたのか?

・それはいったい、なぜなのか?

・主人公の姿に自分を

重ね合わせたからなのか?

・今まで考えたこともなかったことに

気づかされたからなのか?

・あるいは、そこに普遍的な

真理のようなものを

見い出したからなのか?

こうして自分自身と対話する

プロセスにおいては、

言葉そのものが思考や感情を

明らかにしていくガイド役になります。

「考えること」と「書き言葉で表現すること」を、

切り離すことができないとは、

つまりこういうことなのです。

書くことで、深く自分を知ることができる。

自分の内面には、

さまざまな思考や感情がつまっていますが、

そこは暗闇に閉ざされていると想像すると、

書き言葉というのは、その暗闇を照らす

ランタンのようなものなのです。

ランタンを片手に一歩進んだら、

ひとつ発見があった。

また一歩進んだら、

道が二手に分かれていた。

次に右に進んだらちょっと、

違うような気がしたので、

いったん戻った。

今度は左に進んでみたら、

発見があった。

このように一つひとつ言葉を見つけ、

「ああでもない、こうでもない」

「そうか、こういうことか!」

という試行錯誤を繰り返す中で、

自分の内面がどんどん

明らかになっていきます。

思考や感情が、

文章というかたちになり、

くっきりと現れてくるのです。

自分が何を考えているのか、

何を感じているのか、

おそらく最初から完全に

把握している人など、

ひとりもいません。

かといって、

頭の中で考えているばかりでは、

考えがぼやけてしまったり、

堂々めぐりになったりして、

思考を深めていくことは、

難しいでしょう。

文章を書くというのは、

自分の内側にあるものを、

文章という目に見えるかたちに

アウトプットするという

プロセスです。

このプロセスそのものが、

実は思考を深める行為でもあるのです。

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ ・孤低の黄昏ブロガー・趣味サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
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