ブルーに恋して
優しく、強く、晴れ晴れと、
桜色の物語

明るく、楽しく、あきらめない〜奇跡のピアニスト辻井伸行を育てた母いつ子さんの言葉

 

わたしが、今から数年前、

 

妻を亡くし、

 

息子もまだ独り立ちする前、

 

自分自身も還暦などで、

 

気力体力の衰えを感じつつ、

 

何故か無性に、

 

焦燥感みたいなものに

 

苛まれていたころ、

 

偶然YouTubeで出逢った、

 

辻井伸行さんのドキュメント映像、

 

その映像に魅せられて、

 

一時期ずっとその映像に、

 

励まされ続けた時期があった。

 

奇跡のピアニスト辻伸行さん

 

 

「努力を重ねれば、

絶対に夢は叶う。

辛くともあきらめなければ、

希望はしっかりと

根を下ろすということを、

伸行自身が

感じ取ったのではないかと思うのです。

 

明るく、楽しく、あきらめない」。

 

私は伸行の子育てを通して

そのことを教わった気がしています。」

 

幾多の困難を乗り越え、

 

今も世界を舞台に活躍を続け、

 

今上天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」でも、

水がテーマの奉祝曲組曲「RAY of Water」

 

のピアノ演奏でも素晴らしい演奏を披露された

天才ピアニスト辻井伸行さんの母、

辻井いつ子さんの「心に響く言葉」です。

 

 

「本当に幸せでしたね。

 

柔らかなその手に触れた時に

 

じわじわと喜びが湧き上がりました。

とてもハンサムで。」

 

 

ところが、生後数日たっても、

目を閉じたままの伸行。

母、いつ子の不安は日増しに大きくなる。

そしていつ子は、医師から伸行について、

「生涯目が見えるようになることはない」

という残酷な宣告を受ける。

 

「もう目の前が真っ暗。

深く暗い谷底に突き落とされたようにショックでしたね。

 

我が子を思い、

「本当に生きていて幸せなのだろうか」

と考えたこともありました。」

 

生後半年を過ぎたころ、

伸行に訪れたある変化が

いつ子にとって希望の光となった。

伸行がショパンの「英雄ポロネーズ」を聴くたびに、

足をバタバタさせて喜びを表現したのだ。

 

「伸行が少しずつ音楽に対する

好奇心を表現し始めたことは、

私にとって最高の喜びでした。

「もしもこの子に音楽の才能があるのなら、

何としても伸ばしてやりたい。」

と藁にもすがる想いでもあったのです。」

 

Uーcanshop/tsujiinobuyuki/episode/より引用

 

 

今でこそ、

世界を舞台に活躍をされている

辻井伸行さんですが、

全盲というハンデイキャップを抱えて、

どうやってここまで登りつめたのか?

最初に私が疑問に思ったことは、

そもそも譜面を読むことからして

どうしたのかなあ?

ということでした。

プロの演奏家を目指すと決断されて、

恩師となる川上昌裕先生に師事することになって、

先生は楽譜の読めない辻井さんのために、

楽譜の情報をカセットテープに録音する方法を思い付かれ、

この「耳で読む楽譜」を200本以上も作成され、

まさに”炎のレッスン”と言われるほどの

熱のこもった指導だったそうです。

それから、

幾多の試練を乗り越えられて、

今の奇跡の天才ピアニストと

称されるほどの存在にまで

登りつめられた

本人の努力の積み重ね、

そしてそれを身近で支えられてきた

ご両親の覚悟もまた、

壮絶なものであったろうことは

容易に想像ができます。

 

そんな辻井さんのお母様いつ子さんの「言葉」

 

~明るく、楽しく、あきらめない~

努力を重ねれば、絶対に夢は叶う。

辛くともあきらめなければ、

希望はしっかりと根を下ろす。

 

心に響きます!

ABOUT ME
大塚文彰
・1958年生まれ //・ブルー愛好家//・趣味〜サーフィン(若い頃) 80年卒業後、薬品会社勤務の後83年脱サラ会社起業~現在に至る。傍ら縁あって出会った天風哲学を独学実践中!還暦を機に法人解散しフリーランス活動中。 60代一人暮らしを笑顔で暮らす。
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